監護者性交罪等の即時廃止と無実の男性に対する即時釈放及び補償を要求する

ツイッターのある女の投稿が監護者性交罪等を正当化しようとするフェミニストの主要な根拠を要約していると思われるので、この主張の何がおかしいのかを説明したいと思います。

このフェミニストは『正直、この関係性で「同意の有無」が論点になること自体信じられないです。

父親と未成年の娘であった時点で、同意などあり得ないです。
父親が同意だと思っていることは全て、「認知の歪みによる勘違い」または「同意させられるような環境を作られていた」だけだと思います。』だと主張します。

何をもってそのように断言しているのか不明ですが、最初に結論が主張され、その後に理由が続く様です。:

『まず、多くの女性は「相手が成人男性である」という時点で逆らうのが難しいです。

男性だって、相手が屈強なプロレスラーなど「身体的に絶対に負ける・相手がその気になれば自分を力で○すことができる」ことが明確な場合、2人きりの密室で誰も守ってくれないことがわかっている状況では、相手の機嫌を損ねることは怖いと思うでしょう。標準的な男女の身体差はそれに近いです。

そこで相手の機嫌を損ねることができるとしたら、相手の人格や社会性を信頼できるからだと思いますが、その信頼も無い場合に「相手が納得するまで毅然と断り続ける」のは、命をかけた賭けとなります。
大人でも命が惜しければ表面上同意するしか無いです。明確な脅しの言動をしなくても、この力の差自体が脅しとして働くのです。』

ここでフェミニストは、『多くの女性は相手が成人男性であるという時点で逆らう事が難しい』と指摘し、男女には力関係に格差があるから、これ故に、明確な脅しの言動がなくとも、脅しとして働くのであると言います。

しかし彼女自身も理解している様に、力の差がある事自体は大人の男女同士でもあります。もし力の差があるというだけで『脅しとして働く』のであれば、父親と娘や大人と子どもだけではなく、成人同士の全ての性的関係も、男性と女性には一般的に腕力や体格などで力の差があり、断った時に復讐される可能性があるため、更に、社長と秘書、上司と部下、ビジネスの重要な取引先であったり、経済力のある男性と男性に経済的に依存している専業主婦等と様々な社会的地位等の上下関係も加わる事もあれば、なおさら断る事が出来ないという事になります。

もっと言えば、もし同年代同士で社会的立場等に差がなくとも、男性はナイフや火炎瓶等を用意して復讐に走る可能性もあり、襲われる側はそれを防御する事は困難です。実際、同年代同士であっても交際を断られたり、別れを告げられた男性が女性を殺してしまう様な事件は幾らでもあります。したがって、断った時の復讐の恐れは、力関係に差がなくとも存在します

この時点でかなりおかしい事が分かるかと思われます。もしこの主張が正しいなら、そしてもし全ての人がフェミニストのこの論理に従う事になっているなら、大人と子どもの性的関係だけではなく大人同士の関係も禁止されなければならず、誰も性行為が出来ずに人類は子孫を残せずに滅びるしかなくなってしまいます。

次にこの女性はさらに、父親と娘では通常の大人同士よりも力関係に格差がある事を主張し、逆らう事が出来ないと主張します。

『増して、子供と父親です。子供は基本的に親に逆らうのは難しいです。 親が自分の生活や人生の全てを握っているからです。小さい時は本能的にそれを理解し、思春期になると頭でも理解します。 そこで逆らえるのは、ある程度の自我が育っているか、もしくは親を信頼しているからです。』

まず同年代同士の何の社会的地位の優劣もない相手に比べれば力関係に格差がある事は間違いないないでしょうが、先ほど述べたように『社長と秘書、上司と部下、ビジネスの重要な取引先等の男性や、男性に経済的に依存している専業主婦』等の場合と比べて力関係に格差があるかどうかは定かではありません。

また親に逆らう事が出来ないと言いますが、多くの人は、自分自身の子供の頃を振り返ると、親に逆らい、ワガママを言って困らせた事が全くない、と言える人は少ないかと思われます。

勿論、彼女も主張する様に、これは逆らっても危害を加えられる事はないだろうというという考えがあるから出来る事ですが。

しかし、彼女はさらに次にこのように主張し、娘に性行為をする父親と娘の間には信頼関係が育まれていないと主張します。

『しかし、娘に性行為をする父親が子供をどう育ててきたのかを想像すると、子供側には「親を拒否できる」ほどの自己肯定感や勇気、自我も育っていない可能性が高く、また父親側は無自覚であっても子供を支配・征服できるように、子供を無力化するよう育てた可能性も高いと思います。
「逆らっても受け入れてくれる」という信頼はまず無かったでしょう。』

ここで彼女は『性行為をする父親が子供をどう育ててきたのかを想像すると、子供側には「親を拒否できる」ほどの自己肯定感や勇気、自我も育っていない可能性が高い』『父親側は無自覚であっても子供を支配・征服できるように、子供を無力化するよう育てた可能性も高い』というのですが、その理由は明らかではありません。

なぜ『性行為をする父親に育てられた子供は自己肯定感や勇気、自我が育っていない可能性や父親は子供を支配・征服出来る様に、子供を無力化する様に育てる可能性が高い』と言えるのでしょうか?これは『娘に性行為をする事は悪い事に違いない』から『そのような悪い行為をする父親は子供を悪く育てるに違ない』という、それ自体として証明を必要とする事を前提とした論点先取の誤謬であり、不合理な妄想に過ぎない可能性が高いのではないでしょうか?

さらに言えば、ここで、彼女は『親に逆らう事が出来ない』事を主張する事により、多重的に証明されていない前提に基づいて議論を行っています。つまり、『父親と娘の性的関係の間には任意で選択可能な関係は存在せず、逆らったり抵抗する事が必要とされる様な強制的な関係である』という前提です。
しかし、もし命令や強制ではなく『任意の提案』の形で性行為をするかどうかを選択する事を求められているのであれば、『逆らう』事や『抵抗する』必要はなく、拒否するだけで済むはずです。

さらに彼女は、次の様に主張します。

『というか、子供に性行為を求める時点で、どう考えても子とまともな信頼関係を結べる人物ではないです。』

しかしそれはなぜですか?ここで彼女は、何ら根拠もなく、おそらく、父親と娘の性的関係は悪い事に違いないという思い込みに基づいて、まともな信頼関係を結べない人間だと決めつけているだけに過ぎません。

次に『そういったことを考えると、「父親と娘」という関係性だけで、被害者が逆らえない状況にあることくらい、すぐにわかると思います。例え男女逆で、母親と息子であってももちろんダメです。力で勝てる可能性だけは増えますが、他は同じです。子供の頃から精神的に支配されていたら、力があっても逆らえないことは珍しくないと思います。』

『被害者が逆らえない状況にある』という主張は、『父親と性的関係を持つ女性は例外なく被害を受けている事』を前提しており、更に、『強制されていて、逆らえない状況にあったという事』を前提にしています。

しかし、ここまでの議論において、父親から性行為を受けた女性は例外なしに被害を受けている事や、強制されていて逆らえない状況である事の証明は行われていたでしょうか?

これまでの主張を簡潔にまとめると、フェミニストは、力関係に格差があるから脅迫として働く、さらに大人同士の社会的地位の等しい相手より力関係に格差があるため、脅迫されていて逆らえない状況にある可能性が高い、したがって、強制されていて逆らえない状況であるという形で議論を進めている様です。

しかし、この主張は誤りです。力関係に格差があるだけでは、害意があるとは言えないため、脅迫されているのと同じ状況であると推定する事は出来ません。

単に力関係に格差があるというだけでは相手の男性が断った場合に危害を加える意志を示している訳ではなく、断れば必ず危害を受けるとは言えませんし、一般的にその可能性が高いとは考えられないが、仮に危害を受ける可能性があるとしても、そのような可能性の低い出来事を回避する事より危害のリスクを引き受けてでも断る事を選ぶ事は出来る筈です。

そして仮に女性が性行為の提案に対して断った場合に報復を受ける『可能性がある』事を理由に性行為を求める男性に恐怖を感じて断れない事があるとしても、相手の男性が害意を示している訳ではない以上、それは被害妄想に基づいて勝手に恐怖を抱いて『報復のリスクを回避する事を自分自身の意志で選んで断らなかっただけ』に過ぎず、相手の男性が『脅迫』して『断れない状況に置かれている』訳ではありません。

もっと言えば、『あらゆる任意の選択は将来の不確実性によるリスク』が伴っています。これ故に、被害を受ける恐れがあるというだけであれば、いかなる人間同士の相互行為についても同じことが言えます。これは人間が全知全能ではない以上、仕方のないことであり、単に『恐れがある』というだけでその選択を否定する場合、いかなる選択も行えない事になるが、実際にはそれは不可能であるため、このような恐れを理由に何らかの選択を行う事が出来ない状態にある事を主張する人間は、必ず恣意的で、主観的な判断基準により、『自分達が好まない、否定したい行動に対してだけ』何らかの恐れを口実に断るという選択が出来ない状態にある等と主張してダブルスタンダードで矛盾した態度で出鱈目な言いがかりをつけているだけに過ぎません。

そして父親と娘の性的関係にある力関係の格差が、社長と秘書、上司と部下、重要な取引先の男性、男性に経済的に依存している専業主婦の女性等の場合に生じる力関係の格差よりも格差が大きいかどうかは明白ではありませんし、仮に力関係の格差がどれほど大きくとも、それだけでは必ずしも何らかの危害を受けるとは言えないし、娘と性行為をする男性がその他の男性よりも報復的な行為に従事する可能性が著しく高い事を示す証拠がある訳でもなく、報復される可能性があったとしても全ての人間がその様な低い可能性を回避する事より報復のリスクを引き受けて断る事を選択する事が出来ない状態にあるとは言えません。

したがって、人間の男女には生まれつき腕力や体格、知性等に性差があり、これらの性差の為に必然的に男性が上位の形で力関係に格差があるにも関わらず、全ての性的関係が力関係の格差による脅迫的で強制的な関係であるという事にはならず、自由意志に基づく同意の上で性的な関係を持つ事で子孫を残す事が可能であり、父親と娘の関係においても同意は存在する可能性があるという事になります。

したがって、力関係の格差を理由に父娘やその他の大人と子どもの性的関係一般に同意が成立しないというフェミニストの主張は論理的に完全に誤っており、『自分達の否定したいものに対してだけ本質的にダブルスタンダードで矛盾した主張を持ち出し』、不合理な言いがかりをつけて妨害しようとしているだけに過ぎません。

上記の理由により、監護者性交罪、及び、同様の誤った有害な力関係の格差論に基づいている、児童買春、児童ポルノ禁止法、青少年条例、不同意性交罪の見なし規定、児童福祉法の淫行規定、未成年者誘拐罪、風営法年齢制限などは即時に永久に廃止されなければならず、これらの法律により逮捕され処罰を受けた全ての人間はもし彼らが受刑者であるならば即時に釈放されると共に、これらの不正な法律により自由意志に基づく同意の上の関係を妨害され、人間にとって基本的な幸福の一つである性的交際に従事する機会を奪われた可能性のある全ての男性に対する十分な金額の補償が行われなければなりません。

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